「空に、正しい答えを待ってもらうために」 源三が目的欄へそう読み上げると、船内の案内音声は一拍置いた。 「待機対象が特定できません。航行許可を保留します」 「彗星じゃ。青い尾を引いた、あの頑固者じゃよ」 「頑固者は航行上の分類ではありません」 観測卓の周囲で、船員たちがこらえきれず笑った。源三は紗良の顔でむっと眉を寄せ、操船補助の立体図を指した。彗星の進路に並走し、横から尾の明滅を測るには、予定の観測帯をわずかに外れねばならない。危険域には入らない。それでも案内音声は、数値にならない理由を受けつけなかった。 「川下りならな、流れの真ん中を行くより、岸から渦を見るほうが水の癖が分かる」 「河川の情報は登録されていません」 「ほれ見い。融通というものを知らん」 通信機の向こうで、紗良が小さく笑ってから、真剣な声になった。 「おじいちゃん、その言い方で合ってる。渦を見るための位置ってことだよね。船員さんに、観測条件へ直してもらって」 操舵員の真壁が頷いた。彼は航法図に新しい線を引き、彗星核から安全距離を保つこと、尾の明滅を地球側の観測と同時刻に測ること、姿勢変更の時間を最小にすることを順に入力した。源三はその横で、星図の端を指し示す。 「地上では紗良が待っておる。こちらが急ぎすぎれば、あちらの空と話が合わなくなる」 紗良は祖父の手で手帳を閉じ、丸窓の外を見た。山の夜は静かで、彗星はまだ尾をほどいていない。待つことは何もしないことではない。空が答えを選ぶ余地を残しながら、見失わないように目を凝らし続けることだと、今なら分かる気がした。 「観測目的を確認します」 案内音声が告げた。 「地球および地上観測者との照合による、彗星進路の検証。安全条件を満たしました。航行許可を発行します」 船内に短い歓声が起きた。源三は眼鏡を押し上げ、紗良へ向けて胸を張った。 「聞いたか。空を待つにも、ずいぶん長い申請書が要るらしい」 「未来の空は、手続きも一緒に見ないとね」 オリオンはゆっくりと姿勢を変え始めた。地上の望遠鏡と宇宙の観測窓が、同じ青白い尾の横顔へ向く。二人はまだ別々の場所にいて、別々の身体で息をしていた。それでも今だけは、同じ答えを求めて空を待っていた。
彗星は誰の空にあるか
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