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忘却を載せた回収軌道

小説ID: cmucswpl5002501mz6ty9bh0x

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対策本部は観測所の地下階を直ちに管制下へ置いた。玲の端末から外部回線は消え、逆時鏡の映像は国家機密として暗号化された。会議卓の大型画面には、東京を外したあとの落下予測が幾重にも表示されている。 「人口密集地を避ける案だけを出してください」 担当官の言葉は命令だった。玲は頷かず、衛星の姿勢制御履歴と過去の観測網を重ねた。わずかな修正でも、衛星は直線的には動かない。地球の重力、月の潮汐、壊れかけた推進器の噴射誤差が、すべて次の負債になる。 第一案では東京湾の外へ抜ける。だが落下時の電磁波が伊豆諸島の中継局を焼き、島々の通信が長期間絶える。第二案はさらに南の海域へ導けるものの、警戒に出る無人回収船の自動航行を狂わせ、燃料を積んだ船団が衝突する確率を跳ね上げた。第三案は湾岸から北東へ逸らす。都心は救われるが、近隣都市の住宅地に予測円が広がる。 数字の上では、どの案にも助かる人数があった。同時に、切り捨てられる場所があった。 玲は記憶抽出器の一覧を開いた。梓が市場で何を買いたがっていたのか、もう思い出せない。失った朝の代わりに、彼女が果物の値札を見て笑う姿だけが、理由のない痛みとして残っていた。 「必要量を示せ」 担当官が言った。 玲は各案の横に、情報エネルギーの値を入力した。東京から遠ざけるほど、要求値は膨らむ。梓と出会った日、その後に交わした約束、病室で握った手。候補欄には、まだ名前のない光が並んでいる。 そのとき逆時鏡の赤い線が、誰も操作していないのに震えた。第一案の着地点から細い枝が伸び、海上の回収船へ向かう。続いて第二案からは離島へ、第三案からは近隣都市へ枝が分かれた。 玲は理解した。落下地点を選ぶのではない。東京を救う計算そのものが、別の誰かへ順番に危機を渡している。 会議室の全員が黙る中、玲だけが画面を見続けた。赤い枝の先に、最後の候補として療養施設のある地域の名が、静かに灯っていた。

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