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忘却を載せた回収軌道

小説ID: cmucswpl5002501mz6ty9bh0x

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逆時鏡の鏡面に、無数の細い光が走った。 三年前の山間観測所、二年前の洋上局、衛星の廃棄直前に沈黙した北方の受信網。玲が送った修正は、過去の空に散らばる観測値をわずかずつ書き換え、それぞれが次の局へ補正を渡していく。誰にも気づかれないほど小さな誤差が、連鎖の果てで衛星の眠った制御系を叩いた。 赤い落下線が、東京上空で止まる。 続いて、線はゆっくりと青へ変わった。 衛星は姿勢を立て直し、焼ける雲を避けるように南東へ旋回した。午前二時十七分、巨大な機体は無人の回収海域へ降下した。洋上プラットフォームの誘導灯が海面に円を描き、その中心へ、衛星は長い蒸気を引きながら軟着水した。 観測所を揺らしたのは爆発ではなく、遅れて届いた歓声だった。管制室の誰かが泣き、対策本部から解除指令が流れる。東京の灯りは消えなかった。 玲は椅子に座ったまま、端末に映る成功の文字を見ていた。胸の奥には、取り返しのつかない空白があった。何を失ったのか、その形さえ正確には分からない。 昼になってから、玲は療養施設へ向かった。 病室の前で足を止め、ポケットから一枚の写真を取り出す。雨の下、壊れた傘に二人で身を寄せている。隣の女性は梓のはずなのに、撮影日の出来事も、この笑顔に自分が何を返したのかも思い出せなかった。 扉を開けると、梓は窓辺にいた。彼女は玲を見るなり、警戒ではなく戸惑いを浮かべた。 「あの……どなたですか」 玲は写真を握りしめた。告げれば、彼女をさらに傷つける気がした。 「冬木玲です」 梓はその名をゆっくり復唱した。 「ふゆき、れい」 次の瞬間、彼女は不思議そうに、けれど安心したように微笑んだ。 「東京を救ってくれた方ですね。ニュースで見ました。ありがとう」 玲は頷いた。礼を受け取る資格があるのかは分からなかった。それでも、失った理由を明かさずに答えた。 「こちらこそ。初めまして、梓さん」 梓は少しだけ笑った。 「初めましてなのに、前から知っていたみたい」 窓の外には、落下を免れた東京の空が広がっていた。雨の記憶も、出会いの理由も消えた。その空の下で玲は、もう一度だけ彼女へ手を差し出した。

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