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商標より台所が強い

小説ID: cmue8cjeq002k01mzn8t2m0ce

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三日後、港へ渡る連絡橋にも配給局の旗が掛かった。大きく書かれた「無料スープ」の下には、局が市民のために考案した製法、とある。掲示板の広告と同じ文句だったが、今度は青のりを洗って水を替えるところまで、手順が丁寧に印刷されていた。 澪は旗を見上げ、ため息をついた。祖母の名はどこにもない。梓が横で、荷揚げ場の人に配るつもりだった写しを握り直す。 「局が書いた紙なら、こっちを読まない人もいるかな」 「どっちでも、鍋にたどり着くならいいよ」 そう答えてから、澪は自分でも少し驚いた。名前を奪われた悔しさは消えていない。それでも、局の旗まで作り方を教えているのが、ひどく皮肉だった。 二人は連絡橋の先へ歩いた。修理工の家では、娘が鍋の番をしていた。火を止める前に母親を呼び、表面に小さな泡が出たところで頷き合う。今日の汁には、隣家から分けてもらった大根の皮が入っているという。 「うちでは、浜のあったか汁って呼ぶの」 娘は得意げに椀を並べた。 向かいの家では塩を入れない汁を「潮の朝」と呼び、荷揚げ場の休憩所では、皮を持ち寄るたび味が変わるので「寄せ鍋の手前」と呼んでいた。局の旗と同じ名前を使う人には、とうとう会わなかった。 夕方、食堂へ戻ると、母が新しい写しを作っていた。手順の上に、見出しを書くための空欄がある。澪が尋ねると、母は筆を置いた。 「持ち帰る人が、自分の家の名前を書けるように」 戸口でその紙を受け取った梓は、しばらく空欄を見つめたあと、何も書かずに持ち帰った。今夜、母親と相談するのだという。澪は引き止めなかった。失った信頼も、一枚の紙のようにすぐ元へ戻るわけではない。 夜の鐘が一度鳴る。連絡橋にはまだ局の旗が揺れていた。その下を、青のりを入れた籠を提げた人が家路につく。局が登録した名を知らなくても、その人は鍋の火をいつ止めるか知っている。祖母が母に託したのは、きっとそういう手順だった。澪は戸口に残った写しの空欄をそのままにして、明日の分の青のりを洗い始めた。

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海上都市の料理人は、祖母が遺した海藻スープの製法で食糧危機を救おうとする。だが祖母は親友に製法を盗まれ、今度は料理人の親友が配給局へレシピを売り渡す。三世代の献立帳をたどるほど、友情の裏に隠れた取引が明らかになる。不穏な緊張のなかで料理人が製法を市民に公開した結果、配給局に『無料スープ』を商標登録される皮肉な結末を描け。