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商標より台所が強い

小説ID: cmue8cjeq002k01mzn8t2m0ce

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澪は修理工の娘から受け取った青のりを水で洗い、食堂の窓辺に広げた。「作り方は、もう少し待ってね」と言うと、娘は頷いた。その素直さが胸に残った。確かめたいことがあるとはいえ、一杯を待つ人まで止めていていいのだろうか。 閉店後、澪は母に古い献立帳のことを尋ねた。母はしばらく黙り、調理場の棚のいちばん下を指した。湿気を避けるため油紙に包んだ箱から、薄い帳面が出てきた。 「昔、母さんの料理を写していたの。あの頃のことを聞かれて、すぐには話せなかった」 母は帳面を澪に渡すと、洗い終えた椀を拭き始めた。澪は自分の献立帳も取り出し、昨夜試したスープの分量を書いた頁を開く。祖母の帳面と三冊を並べると、母の頁には青のりと干した大根の皮の手順が、ほとんど同じ言葉で写されていた。ただし、母は見出しを二本の線で消している。 線の下には「浜の滋養汁」と読めた。祖母の帳面にはない名だ。頁の隅には、切り抜いた古い配給局の告知が貼られている。日付は十九年前の六月十三日。佐伯千鶴が提出した「浜の滋養汁」を局の調理場で試す、とある。使う材料だけでなく、青のりを沸かさずに火を止め、皮を加えて蓋をする順序まで一致していた。 「これ、おばあちゃんの作り方だよね」 母は椀を置いた。「六月十二日に千鶴さんが来て、母さんは帳面を貸したの。私は二人が親しかったから、何もおかしいと思わなかった」 母の帳面の次の頁には、六月十六日の日付と短い一行があった。母、共同調理場を辞める。さらにその下に、千鶴の家へ追加の豆が渡ったと、母の字で書き添えられていた。母は当時、局の掲示を見て写したのだと言う。帳面を返された祖母が手順の下を消した理由は、母にも聞けなかった。 「辞めたわけを、私は聞かなかった。聞けば、千鶴さんのことも聞かなきゃいけなくなると思って」 澪は三冊を見比べた。自分の帳面には、娘に渡すために書き直した同じ手順がある。誰かの名で提出されても、鍋の中で起こることは変わらない。けれど局に渡れば、作り方を誰に伝えるかまで局が決められる。澪は乾きかけた青のりを見た。明日こそ紙を渡したかったが、千鶴の家の豆が何の見返りだったのかも、まだ確かめたかった。

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