翌朝、澪は広場の鐘の下に立った。食堂から運んだ鍋の隣には、昨夜書き直した献立帳の写しを積んである。鐘が一度鳴り、人々が配給の列へ向かう前に、澪は声を張った。 「食用に採っている場所の青のりを、砂が落ちるまで洗います。それからきれいな水に浸して、その水ごと弱火にかけてください」 沸く前に火を止め、干した大根の皮を加えて蓋をする。皮は少しでもいい。塩はあれば最後に。澪が一行ずつ読むと、前にいた修理工の娘が、紙の文字を指で追った。読み終える頃には、紙を求める手が鍋の向こうまで伸びていた。 その列の脇から梓が進み出た。 「十九年前、この作り方は澪のおばあさんが考えたものです。親友だった佐伯千鶴さんが、自分の料理として配給局に出しました」 梓は母の帳面に残る告知と、牧野の証言で澪が確かめたことだと告げた。それから、自分が澪に見せてもらった手順を、家族の配給票の更新と引き換えに局へ渡したことも話した。 「澪には、何も聞かなかった。ごめん」 澪はすぐには答えられなかった。代わりに写しを一枚、梓へ渡した。「配るの、手伝って」。梓は受け取り、列の後ろへ歩いていった。 昼には、修理工の家の窓から湯気が上がった。夕方には荷揚げ場でも、洗った青のりを水に浸す人がいた。皮を分け合う家もあれば、塩なしの椀を並べる家もある。澪の食堂まで来なくても、温かいものを作れる台所が増えていった。 翌朝、配給局の掲示板に新しい広告が貼られた。無料スープという名を商標として登録し、市民の食卓へ届ける製法として、広場で読んだ手順をそのまま載せている。局の働きで広まったかのような文句まで添えてあった。 澪は笑うしかなかった。名前を取り上げられるのは、祖母の時で終わりにしたかったのに。広告の前で足を止めた修理工の娘が、澪の袖を引いた。 「うちはもう作れるよ。昨日、お母さんと作ったから」 娘の手には、汁の染みた写しが握られていた。澪はその紙を見て頷く。掲示板には局の名前が残るだろう。でも、火を止める頃合いは、もうそれぞれの台所に残っている。
商標より台所が強い
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