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商標より台所が強い

小説ID: cmue8cjeq002k01mzn8t2m0ce

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澪は食堂の戸口に、明日の昼はスープを振る舞うと書いた紙を貼った。配給の鐘が一度しか鳴らない朝が続いている。椀は店の分だけでは足りず、隣の修理工から借りることにした。あの娘も手伝うと言って、干した大根の皮を入れる籠を洗ってくれた。 夕方、親友の梓が青のりを届けに来た。梓は港で荷を仕分ける仕事をしていて、食堂の仕入れが滞るたびに相談に乗ってくれる。澪は前夜にも、味見を頼んでいた。皮を半量にした小鍋を出すと、梓は「これなら皮が少ない家でも作れるね」と言ったのだ。 「明日は、その薄いほうも出すの?」 「うん。作り方を渡す前に、飲み比べてもらおうと思って」 梓は頷いたが、戸口の張り紙を見て、早く閉めたほうがいいよ、とだけ言った。風が強くなる予報でもあるのかと澪が聞くと、梓は答えず、仕事に戻ると言って出ていった。 日が落ちる前に、配給局の職員が二人やって来た。振る舞いに使う食材の量を確かめたいという。澪が青のりと皮の籠を見せると、一人が手元の紙に何かを書き込み、顔を上げた。 「皮を半量にした試作も、明日配るんですか」 澪は籠に置いた手を止めた。張り紙にはスープとしか書いていない。修理工の親子が飲んだのは元の分量で、半量の小鍋を味見したのは梓だけだった。 「その話、どこで聞きましたか」 職員は紙を伏せた。「局に届いた相談です。配るなら、材料の使い方を確認しなければ」 二人が帰ったあと、澪は梓の職場へ向かった。荷揚げ場では、翌朝の配給品を仕分ける灯りがともっている。梓は家族の分の配給票を胸のポケットにしまい、澪を見ると手を止めた。 「局の人が、半量の試作を知ってた。梓が話したの?」 梓は濡れた縄を巻き直した。「明日の椀、足りそう?」 「聞いてるのは、そこじゃないよ」 「今は仕事中だから」 梓は澪と目を合わせないまま、荷の列へ戻った。澪は追いかけられなかった。味の相談なら何度でもできた相手に、同じ問いをもう一度投げるのが怖かった。食堂へ戻る道すがら、借りた椀を数える娘の声が聞こえた。明日の準備は、まだ終わっていない。

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