chapalette Logo

診療所を浮かせて自宅を手放す

小説ID: cmvto83pj002501s6fzqptlvo

10 / 10

朝日が診療所の床を照らすころ、浦辺は台車と一緒に玄関へ転がり込んだ。最後の段差だけ、引っ越しに反対していた。 「家賃の代わりに健康診断がつくなら、負けとは言い切れない」 「家賃と診察は別に相談しましょう。まず寝てください」  花嫁は白衣の袖をまくり、空き部屋の箱を廊下へ出した。寝具を広げると床の大半が埋まったが、窓際には机一つ分の場所が残った。 「ここなら、海を見ながら仕事ができます」 「椅子を引くと布団に着席するな。通勤時間は優秀だ」  夫が扉の前に、小さな木の板を置いた。浦辺の名が丁寧に書かれている。 「表札です。取りつける場所は、相談してからにします」 「覚えが早い。金庫より俺に聞くほうが安上がりだ」  夫は笑いかけ、それから頭を下げた。 「調査の呼び出しには必ず行きます。管理人さんたちへの費用も、話し合って決めます」 「そっちは、眠って起きても終わらない仕事だな」 「はい」  返事を聞いて、浦辺はようやく鞄を下ろした。  それから夫は管理局へ通い、求められた記録を提出した。合間には患者たちと資材の一覧を作り、共同浮体の計画を練った。腰の痛い元資材商は椅子から指示を出し、寝間着の青年は退院してから図面を清書した。  数週間後、安全確認と組立作業の許可がそろった。  桟橋には点検済みの部材が並び、専門の作業員の指導で最初の接合が始まった。夫は工具を渡す前にも、使い方を確かめていた。  浦辺は花嫁と、作業台に広げられた計画図をのぞいた。診療所、住居、その隣に小さな探偵事務所。どの区画も、誰かを追い出して空けた場所ではなかった。 「相談室と探偵事務所を隣にすると、秘密の行列ができる」 「整理券は浮力券と別です」 「また登録を間違えそうだ」 「受付で確認します」  花嫁は笑い、封筒を差し出した。  最初の依頼かと思って開くと、健康診断の予約票だった。 「新しい事務所の仕事始めは、先生に腹を探られるのか」 「その前に採血です」  浦辺は図面の窓を指でなぞった。今度の机は、券を脚に挟まずに置こう。  海の上で槌の音が鳴った。誰かを沈めなくても、自分の居場所が増えていく朝だった。

Share:

LINE

ユーザープロット

海上都市で、気だるげな探偵・浦辺が、花嫁から「夫が盗んだ浮力券を夜明けまでに探して」と頼まれる一夜の小説を書いてください。浮力券は各住戸の浮体を維持する権利で、夫は妻の診療所を沈没から守るため、富豪の券を盗んで姿を消した。浦辺は酔った水上タクシー運転手や、証拠を飲み込む配膳ロボットに邪魔されながら追跡する。笑いを誘う掛け合いの裏で、愛を理由に他人を犠牲にしてよいのかを問う。盗難券を返すため浦辺が自宅の券を差し出し、診療所へ転がり込む結末にする。夫婦と患者が共同浮体の建設を始め、住居を失った探偵にも希望が残る。