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診療所を浮かせて自宅を手放す

小説ID: cmvto83pj002501s6fzqptlvo

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旧倉庫の窓から、細い明かりが漏れていた。浦辺が戸を押すと、潮と鉄の匂いの中で、白い礼服の男が顔を上げた。  作業机には共同浮体の設計図が広がっていた。隅には古い部品の目録。結婚初夜の机としては、甘さより耐荷重を重視しすぎている。 「ここにいたのね」  花嫁の声に、夫は立ち上がった。 「残っている資材を組めば、診療所を支えられると思ったんだ。でも、点検済みの部品が足りなくて」  図面には何度も線を引き直した跡があった。浮体の形は見えるのに、必要な欄は空白だ。 「券の移転も、管理局で断られた。別の方法を見つけてから返そうと……」 「返すための条件を、あなたが決めていいわけじゃない」  夫の手が胸元を押さえた。  浦辺は戸のそばに立ったまま、口を閉じた。今ここで必要なのは探偵の推理ではなく、夫婦の会話だった。黙っているだけなら、追加料金もかからない。 「診療所を大事に思ってくれたのは分かる。患者さんを助けたかったことも」  花嫁は机に近づいた。 「でも、あの住戸には管理人さんの家族が住んでいる。子どもも、足の悪いお母さんも。今、避難の荷物をまとめているのよ」 「空き別荘だと聞いていたんだ」 「確かめずに、持ち出したのね」  夫はうつむいた。紙の端が風にめくれ、彼はそれを押さえかけて、手を止めた。 「君には、心配をかけたくなかった」 「心配なら、もう十分にもらったわ。結婚祝いとしては量が多すぎる」  花嫁は震える息を吐いた。 「一緒に困ることまで、取り上げないで。夫婦になった日に、相談窓口を閉めないで」  夫は長く黙ったあと、礼服の内側から浮力券を取り出した。机へ置かれた紙は、設計図よりずっと小さかった。それなのに、二人ともすぐには目を離せなかった。 「返す。僕から謝る。診療所のことも、君と相談する」  花嫁がうなずいてから、浦辺はようやく歩み寄った。 「連絡していいな」 「お願いします」  夫が答えた。  浦辺は管理人へ電話をかけ、券が見つかったことと、夫が返還する意思を伝えた。受け渡しの場所と時刻を確かめると、向こうで張り詰めていた声が少し緩んだ。  通話を終え、浦辺は机の券を見た。  返す道は決まった。診療所を浮かせる道は、まだ白紙だった。

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