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診療所を浮かせて自宅を手放す

小説ID: cmvto83pj002501s6fzqptlvo

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管理局の夜間窓口には、眠気と戦っている職員が一人いた。机の上のコーヒーは三杯。援軍の数だけなら、浦辺の事務所より充実している。  花嫁が身分証と診療所の契約番号を示すと、職員は端末の記録を開いた。 「ご主人も、先ほど照会に来られました」 「何が分かったんですか」 「更新通知の送付先が、移転前の診療所のままでした。電子通知先も旧端末です」  花嫁は画面を見つめた。 「住所変更を出したはずですが」 「診療施設の所在地は変更されています。ただ、浮力維持契約の通知先は別の登録でして」 「建物は引っ越せたのに、通知だけ居残りか」  浦辺が言うと、職員は気まずそうにうなずいた。書類の世界では、郵便受けにも独立心があるらしい。  通常の更新期限は、三日前に過ぎていた。通知が届かなかった事情を申し立てても、今夜の権利確認には間に合わない。 「夜明けまでの特例維持には、別の有効な券を正式に移転登録する必要があります。所有者の同意と認証が必要です」 「手元に券があるだけじゃ駄目なんだな」 「はい。持ち出された券では申請できません。ご主人にも、そのようにお伝えしました」  花嫁の端末が震えた。画面に出た名を見て、彼女は背筋を伸ばした。 「富豪の住戸の管理人さんです」  通話をつなぐと、落ち着いた声が、浮力券の所在を尋ねた。花嫁はまだ捜していると答え、深く頭を下げた。 「主人は今夜、お留守だと聞いています。でも、必ず返します」 「お願いします。あの住戸には、私の家族も暮らしているんです。子ども二人と、足の悪い母が」  花嫁の指が、端末の縁で止まった。  管理人は避難に備え、母親の薬を荷物に詰めているという。電話の向こうで、子どもが靴の場所を尋ねた。 「ご主人からは、空き別荘だと思った、と伝言がありました。ですが、私どもには家なんです」  花嫁の顔が曇った。  通話を終えても、彼女はすぐには端末を下ろさなかった。 「患者さんを守ろうとして、別の家族を……」 「留守と無人は、似ていて家賃ほど違う」  浦辺は窓口の時計を見た。 「夫を見つけるだけじゃ足りないな」 「ええ。夫だけ守っても、解決になりません」  花嫁は救命胴衣の留め具を締め直した。白い袖の震えが止まるまで、浦辺は黙って待った。

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