高台で迎えた五度目の朝、遠い山が鳴った。 朔は薪を積む手を止めた。斜面の白が裂け、木々を呑みながら谷へ流れていく。遅れて届いた響きに、小屋の戸が震えた。誰も声を上げず、子を抱く腕だけが強くなった。 雪煙が薄れると、上流の屋根があった場所には、折れた柱が数本見えた。川沿いの道も白く埋まり、下流の水車は見えなくなっていた。 それでも、高台の炉からは煙が上がっていた。 長と粉問屋が、それぞれの名簿を読み上げた。呼ばれるたび、返事が重なる。水車小屋の老人は声の代わりに手を挙げ、その隣で双子が眠っていた。 「八十二人。全員、ここにいる」 最後の確認が済むと、粉問屋が帳面を膝に置いた。長は両手で顔を覆い、しばらくしてから、残った薪を数えようと言った。 家へ戻る道の確認には、まだ日を置く必要がある。大工が小屋を広げる材を相談し、下流の女が皆の食糧を量り始めた。もう、どちらの村の分かと尋ねる声はなかった。 朔は小屋の裏へ回り、森を見下ろした。枝の間に白鹿はいない。道を示した光も消えていた。 帳面を開けば、茶を分けた夕べも、雨の市も、文字として残っている。読み終えても、胸の内に景色は浮かばなかった。朔は頁を閉じた。森へ呼びかけることはしなかった。 足音がして、避難の間、薬を配り、担ぎ手を支えていた人が隣に座った。両手に持った椀から湯気が立っている。 「少し、休める?」 朔は空いた石の上を手で払った。その人は椀を一つ渡し、谷を見た。 「私は澪。あなたの伴侶だった」 声は静かだった。朔が何かを思い出すまで待つような間はなく、澪は熱い椀を指先で持ち直した。 「澪」 初めて聞く名として、朔は繰り返した。 「私は朔」 「うん」 澪が笑った。嬉しそうで、少しだけ寂しそうな笑顔だった。朔はその顔を、今、覚えておきたいと思った。 「今日は、老人が自分で薬を飲めたんだ」 澪が言った。 「見ていた。手を貸さずに、椀だけ押さえていたね」 「そのほうがいいって、本人が」 朔は茶を口に含んだ。まだ熱く、少し渋かった。 「明日も、隣に座っていい?」 自分から尋ねると、澪は椀を置く場所を少し空けた。 「明日は、もう少し薄く淹れるね」 二人の間で湯気が重なった。朔は冷めるのを待ちながら、今日、薪運びで起きたことを話し始めた。
白鹿に預けた出会いと二度目の自己紹介
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山間の集落で、雪崩に伴侶を奪われた狩人・朔が、月光を角に宿す白鹿を追う幻想的な小説を書いてください。鹿が歩く道では時間が一日ずつ逆行し、朔は雪崩前の集落へ戻れるが、道を進むたび伴侶と交わした思い出を一つ森に渡さねばならない。村の掟は白鹿を射て時間を止めるよう命じるが、それでは下流の集落が雪崩に呑まれる。朔は愛する人だけを救う望みと、顔も知らない人々への責任の間で揺れる。最後は全員を避難させるため出会いの記憶まで捧げ、生き残った伴侶と初めて言葉を交わす場面に、再び愛せる希望を残してください。
