三つ目の境界に、外套を広げる伴侶の姿が浮かんだ。枝に裂かれた肩口を、細かな糸がつないでいる。初めて袖を通したとき、伴侶は背に掌を当て、これなら風が入らないと言った。布越しの温かさまで、朔は覚えていた。 帳面にその日を書き、氷へ触れた。 掌の感触が遠のいた。肩に掛かる外套は残ったのに、それを着て誰かへ振り返った自分は、もういなかった。 三日前の朝、朔は古い道の写しを頼りに峠へ登った。川筋から離れるほど雪は浅くなったが、岩壁を回る箇所で道幅が急に細った。荷車の輪を通せば、片側が谷へ落ちる。歩けぬ六人を運ぶには、車ではなく担架が要る。 朔は枝を横に渡し、必要な幅を測った。狭い場所には支え綱を張り、担ぎ手を前後に置く。そこで人が滞れば、後ろの者まで風にさらされる。交代場所も決めなければならなかった。 尾根の陰に、旧い山小屋があった。戸は傾いていたが、梁は腐っていない。床を踏み、炉の煙道を確かめる。全員の寝床には足りなくても、冷えた者を順に休ませ、湯を渡す場所にはできる。 村へ戻ると、朔は職人と運び手を広場に集めた。まだこの日の長には話していない。雪の亀裂と、古い掟の端に隠れた代償を伝え、帳面の道図を開いた。 「一人なら背負える。だが、それでは残る人を救えない」 大工が狭道の印へ指を置いた。 「岩を削る暇はない。谷側に踏み板を足して、杭で支えよう」 運び手は山小屋までの距離を数えた。 「薪と粉は先に分けて置く。人を運ぶ日に、荷まで背負わずに済む」 渋っていた者も、綱を数え、板を選び始めた。朔は作業の組と道具、物資を置く場所を記した。さらに遡れば、この朝の仕事も始まる前へ戻る。だから誰に何を頼めば動くのか、その返事まで残しておく。 昼過ぎ、板を担いだ一組が峠へ向かった。朔は続く運び手の名を書こうとして、肩口の縫い目に気づいた。 細かな糸は、裂け目を逃さず拾っていた。 誰が繕ったのかは帳面にある。けれど、袖を通した日の嬉しさは読めなかった。 救援の段取りの途中で、炭筆が止まった。紙の上に黒い点だけが濃くなっていった。
白鹿に預けた出会いと二度目の自己紹介
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