二つ目の境界に、濡れた杉板の匂いが漂っていた。 初めて二人で屋根を直した日だ。朔が押さえる板へ、伴侶が釘を打った。槌がそれて指を打ち、痛がる顔を見て笑ったあと、二人とも急に黙った。家を持つとは、この人と雨を防ぐことなのだと思った。 朔は帳面に書き留め、氷の膜へ掌を置いた。 板の匂いが消えた。屋根を直したという文字だけが、知らない二人の仕事として残った。 境界の先では、夕方の光が川霧を染めていた。二日前。袖の煤も、帳面に写した雪の亀裂も残っている。朔だけが過去へ運ばれ、差し出したものは追ってこない。 下流へ急ぐ途中、川音が足を止めた。 橋の中央が落ちていた。濁流に削られた橋脚が傾き、切れた綱の先に板が揺れている。雪崩はまだ起きていない。雪解け水に雨が重なり、別の災いが道を断っていた。 朔は岸へ降りず、岩棚から対岸を見た。粉袋を積んだ小屋の前で、赤と白の旗が交互に上がった。橋を渡れない冬に、互いの不足を伝える合図だった。 届け手、滞在。帰路、なし。 続いて振られた届け手の印は、伴侶のものだった。 今朝出たという隣人の言葉は、出発の約束を聞いただけだったのか。あの人はもうここにいて、帰れずにいる。 朔は荷から道標用の布を出し、枝へ結んだ。風を背にできる木のそばへ移り、赤を三度、白を長く掲げる。 山、危険。川沿いを離れよ。 返事が来るまで腕を下ろせなかった。ようやく白旗が二度揺れ、次に人数を示す旗が続いた。 四十七。歩けぬ者、六。 その数字を帳面に記すと、下流の家々が急に近くなった。水車小屋の老人、油を量って売る女、去年生まれた双子。粉袋のそばには、小さな長靴も並んでいた。 上流の避難小屋は二十八人で床が埋まる。自分の村だけでも交代で休む広さだ。四十七人を迎えれば、誰かを雪の中に立たせることになる。 朔は避難先の旗を上げかけ、止めた。安全だと言えない場所へ、人を呼ぶわけにはいかなかった。 対岸で灯が一つともった。伴侶もあの灯のそばにいるのだろう。 朔は人数の下に、寝床、薪、食糧と書いた。連れ戻す道だけを探していた帳面に、初めて、ほかの人々の暮らしが重なった。
白鹿に預けた出会いと二度目の自己紹介
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