「お父さんを迎えに来て。屋台のほうは返事をする」 母からの電話は、豪雨の音と同じくらい意味が分からなかった。 「屋台が?」 「戸板をたたくと、がたがたって。お父さんは呼んでも無言」 つまり父は、老朽化した木材より会話に消極的らしい。 採点途中の答案を伏せ、私は上着をつかんだ。中学校教師になって五年。夜まで居残る生徒には慣れたが、六十八歳の居残りには専門外の印を押したい。 母に道路の状況を聞き、通行できる道を選んで公民館へ向かった。雨粒が車の屋根をせわしなくたたく。信号待ちの間、父への説得を三通り考え、どれも最後に「うるさい」が付くことを確認した。 公民館には避難してきた人たちが集まっていた。濡れた靴の匂いと、毛布を広げる音。その玄関から離れた軒下に、父は折り畳み椅子を置いて座っていた。職員に案内された待機場所だという。 視線の先には、父が昔使っていた屋台がある。車輪には留め具がかけられ、色あせた看板が雨に揺れていた。屋外の置き場は老朽化のため、明朝、撤去作業が入る予定だった。 「見張ってどうするの」 「見張る」 目的と手段が同じ。答案なら部分点も難しい。 私は父の横にしゃがんだ。 「職員さんがここを見てくれる。帰れる道も確認した。家に着いたら着替えて、温かいものを飲む。明日のことは、それから相談しよう」 授業で騒ぐ生徒に向ける声が、勝手に出た。 父は膝の上で手を組んだまま言った。 「説明は分かった。賛成はしていない」 理解度だけは満点だった。 「屋台だって、今夜くらい休んでいいだろ」 「屋台には欠席届がない」 「人間にはあるよ。本人が書けば」 父は屋台を見た。私も見た。がた、と戸板が鳴った。母の言うとおり、返事だけなら屋台の圧勝だった。 沈黙を破ったのは、妹の声だった。 「お兄ちゃん、そこ通して。玉ねぎ重い」 振り返ると、妹が段ボールを抱え、母が米の袋を持っていた。 「迎えに来たんだけど」 「うん。ついでに手も貸して」 母は当然のように言った。 「職員さんに、炊き出しのお手伝いを頼まれたの」 帰宅のために用意した私の段取りは、玉ねぎ一箱に道を譲った。
父の謝罪は注文よりぎこちない
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