寛永十八年、長崎の裏町には、朝から荷車の軋む音が響いていた。平戸にあったオランダ商館が出島へ移り、荷を運ぶ者も、客を泊める宿も、昨日までとは違う忙しさに追われている。 「明日の昼までに、あと三枚。頼めるかい」 洗い張り屋のお紺は、宿の女将が置いた包みを見て、思わず針を止めた。解いた着物を洗い、布を張って乾かし、また仕立てる。急かされても、手は二本しかない。 商館の移転で遠のいた得意先もある。注文を断れば、薄い銭箱はさらに軽くなる。お紺は帳面に書き足し、次の客へ顔を上げた。 男の首筋には青い鱗が並んでいた。差し出された着物は袖に毛皮を添え、襟には小さな鱗飾りが縫い込まれている。 「船の荷で汚しちまってね。これ一張羅なんだ」 お紺は布端を確かめた。普通に揉めば毛皮が傷み、強く張れば飾りが裂ける。前の世で知った洗濯の知識だけでは、この着物の癖まではわからない。 「ごめんなさい。今のやり方じゃ、無事にお返しできない」 男は困ったように笑い、包みを抱え直した。その肩が戸口を抜けるまで、お紺は頭を下げていた。 忙しいのに、食べていける気がしない。断る客が増えれば、店の評判も先細る。 けれど、評判とは難しい品を避けて守るものだろうか。誰でも困ったときに頼れる。それこそ、この店の看板にしたかった。 日暮れ、お紺は宗吉とお澄を呼んだ。二人もまた、別の世の記憶を持ってこの町に生きる転生仲間だった。 「足で踏んで、水を回せる洗濯桶を作りたいの」 宗吉が団子を持つ手を止めた。 「洗濯機を、木で作ろうってのか」 「同じものじゃなくていい。布を乱暴に揉まずに洗えて、両手で様子を見られるものが欲しい」 お澄は預かり帳を引き寄せた。 「人の木綿と、魔物の毛皮じゃ、同じ洗い方はできないよ」 「だから、あんたにも頼みたい。洗い方を分けて、どちらも受けられる店にするの」 宗吉はしばらく黙り、炭の欠片で板に桶の丸を描いた。 「まずは、壊しても惜しくない小さい桶からだな」 お紺はうなずいた。戸外では、行き先を変えた荷車がまだ鳴っていた。店もまた、昨日と同じ場所に留まってはいられなかった。
魔物の着物を洗うには月が要る
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