願書を出した翌夕、蛾の羽を持つ客が、包みを抱えて戻ってきた。差し止めの前に試し洗いし、昼に返した晴れ着だった。 「きれいにはなったんだけどね」 包みを開くと、藍色の襟がほの白く光った。 「明後日の寄り合いに着るつもりだったんだ。これじゃ、私より襟が目立っちまう」 客は笑おうとしたが、声が揺れた。肌に異変はなく、生地の傷みもない。それでも、大切な席へ着ていけないなら、無事に洗えたとは言えなかった。 「私の店で起きたことです。元へ戻すまで、お預かりさせてください」 お紺は頭を下げ、使った水と道具をお澄とたどった。 晴れ着には、夜露をはじく艶出しが施されていた。仕立ての余り布を分けてもらい、清水だけで洗ったものと、人の木綿に使った薄い灰汁を加えたものを比べる。日が落ちると、後の一枚だけが淡く光った。 「月糸じゃない。すすぎに使った小桶に、木綿の洗い液が残っていたんだ」 お澄が帳面の順番を指した。着物ごとの洗い方は分けても、道具を替えるところまでは決めていなかった。 お紺は清水を用意し、まず余り布で光が消えることを確かめた。それから二人で晴れ着を静かに水へ泳がせた。押し絞らず、水を替え、縫い目に残った液も少しずつ流す。 「もう一度。ここは、まだ水が滑る」 お澄の指先を見て、お紺も襟をそっと支えた。早く済ませたいときほど、乱暴にしてはいけない。 翌夕、襟は藍色のままだった。客に艶と手触りまで確かめてもらい、お紺はようやく息をついた。 宗吉はすすぎ桶を別々に据え、取り違えぬよう札を掛けた。お澄は注文ごとの確認札に、加工、使う液、すすぐ桶を書き、お紺は預かり帳と突き合わせた。すすぎに要る水も量り直し、願書の控えへ書き足す。 「試験が許されたら、この失敗も説明します。何を間違えて、どう直したか、隠しません」 客は晴れ着を胸へ抱いた。 「なら、私も聞きに行くよ。光らなくなったところまで、話しておくれ」 お紺はうなずいた。光を消したからといって、失敗まで消してはいけなかった。
魔物の着物を洗うには月が要る
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