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魔物の着物を洗うには月が要る

小説ID: cmw3s64wx000101rouiupy76j

魔物の着物を洗うには月が要る
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店先に、むくろじの実を入れた笊と、灰汁の壺が並んだ。お澄は椀を幾つも据え、小さな匙で分量をそろえている。 前の世では洗剤の研究員だった。その知識を使うにも、まず、この町の材料の癖を知らねばならない。 「よく落ちる、だけじゃ足りないのよね」 客に頼んで分けてもらった、繕いの残りの小さな布片を水に浸す。灰汁を加えた椀、むくろじを泡立てた椀、ただの水の椀。同じ布でも、戻ってくる顔つきが違った。 木綿の油汚れには灰汁が役立つ。けれど、染めた布は色まで水へ逃がしてしまった。むくろじも、泡が柔らかいからと安心はできない。 お紺がつまみ上げた青い布片に、お澄の手が止まった。 「汚れは落ちたけど、これ、手触りが変わったね」 提供したのは、以前断った、首筋に青い鱗のある男だった。男は乾きかけた布を指で撫で、渋い顔をした。 「こいつには、水気を抱える塗り物がしてあるんだ。荷運びの間に身体が乾かねえようにな」 きれいにしたつもりで、必要なものまで洗い落としていた。お澄は椀を脇へ寄せた。 「知らずに一張羅を洗っていたら、大変だった」 男が包みの端を開くと、裏には厚く滑らかな布が縫いつけてあった。 「こっちは鱗を守る裏地だ。薄くなりゃ、縫い目が肌に当たる」 お紺は指を引っ込めた。表が丈夫でも、裏まで強く揉んでよいわけではない。 「人の着物で正しいことが、この人には困りものなんだね」 お澄は帳面に引いた線を見つめ、空いた頁を開いた。灰汁を使わぬ試し、短く浸す試し。結果の出ていない欄は、わからないまま残した。 お紺も別の帳面を取り出した。 「普段はどう干すの。着る前に、何かする?」 「日陰だな。それと、裏を少し湿らせる」 「じゃあ、乾かしきって返すのも違うんだね」 水の好き嫌い、塗り直す間合い、働く場所。聞くほどに、ただの汚れでは見えなかった暮らしが、帳面の上に現れた。 宗吉が桶の傍らから覗き込む。 「預かる前の話が、長くなりそうだな」 「長くなってもいい。着物と一緒に、その人の習慣も預かる店にする」 男は少し笑い、もう一枚、裏地の端切れを差し出した。お紺は新しい聞き取り帳の最初の頁に、その人の着物を守るための問いを書き足した。

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