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彗星よりも神童扱いが恐ろしい

小説ID: cmw53skf1000201plrgzm1wc9

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明治四十三年五月。仁は味噌汁の椀を持ったまま、今朝の夢を思い返していた。 下駄の鼻緒を切って片足で跳ねる級友。それから、教室の窓をすり抜けてくる新聞。紙の隅には、三日月形の墨染みがあった。 「仁、遅れますよ」 母に促され、制帽をかぶった。夢で学校へ行ったのに、また行かねばならないとは損な話だ。 ところが校門の手前で、乾いた音がした。 「うわっ、待ってくれ!」 級友が片足で跳ねている。切れた鼻緒をつまむ仕草まで、夢と同じだった。 仁の笑いは引っ込んだ。 二時間目、教師が黒板へ向き直ったとき、風が窓から新聞を運び込んだ。机に張りついた紙の隅には、三日月形の墨染み。 息を止めて広げると、ハレー彗星の尾に含まれる毒の成分を案じる記事が目に入った。 「やっぱり毒気が降るんだってさ」 背後で誰かが囁いた。町では空気を蓄えようとする者までいるという。 だが仁には、空より自分の夢のほうが恐ろしかった。まだ起きていないことを、どうして見たのだろう。 放課後、仁は天文好きの仲間が部室にしている小部屋へ向かった。星図を調べれば落ち着く気がしたのだ。 仲間の姿はなく、寄贈品の木箱だけが机を占めていた。その底に、掌より大きな真鍮の時計があった。 蓋を開けると、数字の間に細かな星が刻まれている。針は止まっているのに、文字盤の奥で灯が揺れた。 「こんなもの、昨日はなかったぞ」 顔を近づけた瞬間、校舎の鐘が午後五時を告げた。 床に落ちた仁の影が細く伸び、文字盤へ吸い込まれる。踏ん張った足から感覚が消え、鐘の余韻も遠ざかった。 「仁、遅れますよ」 気がつくと、味噌汁の椀を持っていた。 朝だった。柱の暦も、母が包んだ弁当も変わっていない。 仁は途中で級友を呼び止め、鼻緒を指さした。ほつれた紐を見た相手が目を丸くするのを残し、学校へ駆けた。 部室の木箱には、星時計があった。 今度は文字盤の奥に石畳の街路が見えた。小さな店先が並び、昼なのに星の灯が軒で瞬いている。 「お入り。道の真ん中に立たれては困るよ」 声は時計の中からした。 仁は入口ほどに広がった文字盤へ足を差し出した。靴底が石に触れた。夢の続きを確かめるため、そのまま身体を滑り込ませた。

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