広場の返却所へ着くなり、仁は鏡を差し出した。係員は受け取らず、足元の白い石板を指した。 「まず、影を拝見します」 軒の高いところで星の灯が揺れていた。石板へ落ちた仁の影は、借りたときよりずっと短い。貸出帳に手をかざしても、指の影が黒い印の半ばまでしか届かなかった。 「印が違います。このままでは別人と判定されます」 「僕が借りたんです。店で星図も返しました」 「それでも、こちらで確かめる決まりです」 係員は帳面を閉じずに待っていた。怒っているわけではない。それがかえって、仁にはもどかしかった。 壁の時計は四時四十分を指している。鏡の次には、北の出張所まで望遠鏡を運ばなければならない。 仁は影を引き延ばそうと屈んだ。肩が歪み、手の輪郭まで崩れる。 「形を変えて合わせるのは、おやめください」 注意されて手を離した。先が見えれば、と考えかけて、唇を結ぶ。ここで頼るべきものは、頭の中の景色ではない。 窓口の向こうで、客が礼の影を畳んでいた。立ち去る前に、脇の明かりを下げ、影を丁寧に広げ直している。 仁も初めてこの街へ来たとき、冷たい布のような影を面白がって畳んだ。挨拶だけ覚えて、その後の手入れまでは見ていなかった。 「影を整える明かりは、どこに置くんですか」 係員が顔を上げた。 「足の位置を決めてから、高さと距離を合わせます。貸した店の灯は覚えていますか」 「帳面の左です。棚の下から、手元を照らしていました」 「では、私の立ち会いで確かめましょう」 係員は軒の灯を覆い、柄の長い灯を石板の脇へ据えた。仁は言われた場所に立ち、借りたときと同じように手を開く。 灯が下がるにつれ、影が伸びた。少し遠ざけると、指の縁が帳面の印へ重なった。 「そのまま」 係員は指の間の細い隙間まで見比べ、ようやく頷いた。 「本人と確認できました。鏡をお預かりします」 帳面の印が一つ消えた。仁は大きく息を吐き、今度は急がず影を畳んで礼をした。 奇妙だと笑った作法には、ちゃんと暮らしの続きがあった。尋ねなければ、自分はその入口さえ見落としたままだった。 残る荷は一つ。仁は風呂敷を結び直し、望遠鏡を胸に抱えた。教わった目印を確かめながら、北の出張所へ足を速めた。
彗星よりも神童扱いが恐ろしい
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