職員室で話を聞いた教師は、書物を閉じた。 「町の人には、続きを講堂で聞こうと伝えてある」 新聞販売店の主人も記事の束を抱えていた。仁が戻らなくても、二人で説明するつもりだったという。 「今度は、役目を分けてください」 観測会に参加した級友には、観測帳を託した。 講堂には買い物籠を抱えた女や、前掛け姿の商人が集まった。仁を拝む老人に、教師が黒板を示す。 「まず、空についてわかっていることからです」 天文の書物を開き、尾の成分は光を分けて調べたものだと説明する。 「成分の名だけで恐れるのは早計です。尾は極めて希薄で、地上を毒で満たすような濃さではないと考えられています」 図の隣には、拠り所となる資料名も書いた。 店主は二枚の新聞を広げた。 「こちらが記事。『井戸にも毒が入る』というのは、店先で聞いた話です。紙面を探しましたが、書いてありません」 「新聞にないなら、嘘かね」 「ないだけで嘘とは決めません。ただ、確かめられた話とは分けます」 級友は金星を見た時刻と方角を読み上げた。誰でも同じ位置を探せるよう、校庭の目印まで添えてある。 仁はその帳面の横に立った。 「望遠鏡にも、わからないことがあります。僕が確かめたのは金星の位置で、空気の成分ではありません。僕の言葉だけを信じないでください」 「明日は絶対に無事なのか」 奥から声が飛んだ。 仁は息を吸った。未来の断片を探す代わりに、教師と資料を見直す。 「絶対とは言えません。今ある根拠では、毒気を恐れる必要はないと説明できます。それ以上は、わかりません」 誰もすぐには拍手しなかった。やがて女が買い物籠を持ち直した。 「それなら、夕飯の支度をしなくちゃ」 商人も、店を開け直すと言って腰を上げた。 午後五時の鐘が鳴った。 仁は懐の星時計を押さえた。蓋は閉じたまま、何も起こらない。級友の「椅子を運んでくれ」という声が、鐘の後まで続いた。 片づけを終えるころ、窓の外が茜色に染まっていた。 仁は重い椅子を抱え直した。初めて迎える今日の夕暮れは、味噌汁ではなく、皆と働いた汗の匂いがした。
彗星よりも神童扱いが恐ろしい
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