北の出張所の戸は閉まっていた。 仁は取っ手へ伸ばした手を止めた。戸板に、夕方の市に合わせて受付を広場へ移すという紙が貼ってある。その下には、三つに枝分かれした灯の絵。 ついさっき通った広場だ。思わず天を仰いだが、空から道順が降ってくるわけではない。 「この灯は、広場のどちらにありますか」 干した布を取り込む女に尋ねると、東の端だという。途中の角でも店番に聞き、仁は人々の影を避けて歩いた。遠回りでも、確かめて進むほうが早かった。 三つ又の灯の下に、真鍮の筒が並んでいた。見覚えのある貸し手が、客から道具を受け取っている。 「望遠鏡を返しに来ました」 仁は息を整え、先に影の確認を頼んだ。灯の位置を合わせ、帳面に手の影を重ねる。貸し手が頷いてから、風呂敷を開いた。 「さて、空を見た成果はどうだったね」 「昼の金星を、皆で見ました。位置と時刻も書きました。でも、町の人はまだ彗星を怖がっています」 筒を渡した手が、膝の上で握り拳になった。 「僕の予知は信じても、説明は聞いてくれなくて。僕が、そうさせたんです」 貸し手は望遠鏡の曇りを布で拭った。 「この筒は、覗く人の代わりに考えてはくれないからね」 仁は黙って頷いた。 「今度は道具ではなく、説明の仕方を持ち帰るといい。自分で見たこと、誰かに教わったこと、まだわからないこと。その境目を、聞く人にも見えるようにするんだ」 「僕を信じてくれ、ではなくて」 「一緒に確かめよう、ならどうだい」 貸出帳から最後の借出印が消えた。品名の横には返却の印が三つ並び、仁の手元へ渡された紙にも、同じ印が移った。 今度の礼は、肩の力を抜いて影を畳めた。 門を抜けると、部室の窓から町のざわめきが届いた。机には新聞の写しと観測帳が残っている。仁は星時計を両手で持ち、蓋を押した。 かちり、と小さな音がした。 何度押しても閉じなかった蓋が、指の下で静かに収まっている。 まだ午後五時ではない。けれど、次に言葉を間違えても、同じ朝から言い直すことはできない。 仁は一度、時計へ伸びかけた手を引いた。 やり直せないから黙るのなら、あの座布団の上から何も変わらない。 観測帳を開き、教師に相談する事柄を書き足す。それから新聞の写しを抱え、職員室へ向かった。 この一度きりの午後を、町のために使うのだ。
彗星よりも神童扱いが恐ろしい
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